盗用なのか流用なのか:米大手スーパー「トレーダージョーズ Trader Joe’s」から考える「文化のアプロプリエーション」」

 

アメリカにトレーダージョーズTrader Joe’s)というスーパーがある。「貿易商人ジョーの店」と名づけられた南国風のスーパーは、1967年にカリフォルニア州パサデナに生まれ全国展開している。2020年はじめには創業者のジョー・コーロンブの訃報が報じられたことも記憶に新しい。

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パサデナにある第1号店。南国風ヤシの木が目立つ。

ホールフーズと並び、日本からの観光客にも人気のスーパーである。可愛いエコバッグとかオリジナルのグッズを見たことがある人もいるかもしれない。筆者もアメリカ土産として何度か配ったことがある。

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アメリカ スーパー エコバッグ」でググった結果。トップにTrader Joe'sが出てきます。

ホールフーズ(本店オースティン)やゼイバーズ(ニューヨーク)、ブルーノブラザーズ(フィラデルフィア)などの高級価格帯ではなく、最安値ではないもののそれなりに安いスーパーの類であり、普段使いに重宝する。全米売り上げで単純に測っても、2000年代半ばには全米スーパー第二の売上を誇るほどに成長し、米国を代表するスーパーマーケットとなった。この人気について少し解説してみよう。

 

自社ブランドを主力にする「トレーダー」

このスーパーに何より目立つのは、自社ブランドの商品である。肉や野菜など生鮮食品からシリアルやパン、冷凍食品までほとんどの商品が自社製品で占められている。自社外のものは、どうしてもカバーできないが常に置いておきたいものに限られているようだ。自社製品は、全てクールなデザインのパッケージで統一感がある。

この「見つけてきて、良く見せて売る」というのは貿易=トレードの基本である。つまり、社名の「トレーダー」には、良いものを見つけてセレクトして紹介する貿易商の態度が表れている。実際ジョー・コーロンブは、1960年代のアメリカで中間層の海外旅行が増え、海外製品への国内需要が増えたことに目をつけて創業したという。西洋から世界への「エキゾチック」なまなざしの時代の産物なのだ。「貿易商人」というイメージはその社名だけでなくヴィジュアル面でもデザインされ、外装・内装はヤシの木がアイコンになっていたりと南洋風である。プライベートブランド(PB)中心の方針へと舵を切ることで圧倒的な儲けを出してきたが、「どこか遠く」から見つけてきたものを、自社ブランドとしてパッケージ化しているのだ。これがトレーダージョーズが売れている理由であり、その他のスーパーとは少しだけ異なる文化を持っていところである。

 

「2ドルのチャック(Two Buck Chuck)」

このトレーダージョーズが全米で名を馳せたのは、なんと言っても、一本200円ほどで買えるワインのヒットである。発売以来「2ドルのチャック」のニックネームでバカ売れした。シャルドネメルローカベルネソーヴィニオンからボジョレータイプまで、ブドウ種も多彩でなんと9種も用意されている。2018年にはオーガニックラインも発売した。 この2ドルで買えるワインが引き金となって、学生を始めとして「安いけどいい」スーパーとして君臨しはじめたのである。

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その後2.49ドル、2.99ドルと値上がりして、その度に残念がられていたが、なんとこの度2020年に「2ドルのチャック」が復活した。

文化を紹介する「窓」

この「外」から「良いもの」を見つけてくる、という貿易商人の仕事は、海外文化の紹介窓口としても機能する。あまり触れる機会がない人たちにとっては、ある「異文化」への認識を広げるものになる。トレーダージョーズ日本食の商品を例にとると、醤油にポン酢、枝豆なんかは既にアメリカ社会で普及しているものだろう。しかし、味噌味のカップラーメンや冷凍かき揚げ(ちなみにケール入りである)などは、このスーパーで初めて知ったという人も多いのではないだろうか。

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「トレーダージョーさん」シリーズのSOYAKIソース。なんだこれ?と思ったが、Soy Teriyakiの略のようで、焼肉のたれ風。

ヒップスター的センス

トレーダージョーズの日本関連商品のシリーズは、「トレーダージョーさん(Trader Joe-San)」などと名づけられている。先に、ここの自社製品のことを「クール(オシャレ)なデザイン」と形容したが、もう少しいえば、トレーダージョーズのオシャレさは、「ヒップスター」的なセンスだ。ステレオタイプを使って面白おかしくひねりを効かせたネーミングセンスが笑いを誘う。このような、キッチュ(陳腐)だが「それ敢えてやってんだよね」と、ベタなものをメタな視点でネタにするのが、とてもヒップスター的だ。(日本語であれば、自分のファッションな振る舞いを「オサレ」や「(笑)」と卑下して笑いをとるのが近い。)

ステレオタイプを利用したネーミング

テーマごとにシリーズ名をつけてるものをリストにするとこんな感じである。

Trader Jose's (メキシコ料理)
Trader Ming's (中華料理)
Baker Josef's (ベーグルや小麦粉)
Trader Giotto's (イタリア食材)
Trader Joe-San (和食・日本食)
Arabian Joe's (中東料理)
Pilgrim Joe's (クラムチャウダーなどニューイングランド料理)
JosephsBrau (ビール)
Trader Johann's (リップクリーム)
Trader Jacque's (石鹸、フランスもの)
Joe's Diner (「ダイナー」。冷凍食品)
Joe's Kids (子供向け食品)
Trader Darwin's (「ダーウィン」。サプリメント)

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ビール「ヨーゼフブラウ(ジョーのビール)」。「Prost(乾杯)」とドイツ語で記載があり、パッと見どう見てもドイツビールです。

文化の「盗用」?

上に挙げたように、各地域の特産品がステレオタイプたっぷりに商品化されている。しかし、なかにはこれは文化の紹介としては「誤っている」と感じる人もいることだろう。例えば、上で紹介したケール入りのかき揚げはどうだろうか? 「かき揚げ」という料理を全く知らないアメリカ人にしてみれば、「これがかき揚げという和食なのだ」と理解する窓口となる。だが、読者のなかには、「かき揚げにケールなんて使わないよ」とか、「こんな料理はかき揚げではない」とさえ感じる人もいるかもしれない。

 

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ケール入りのかき揚げ(トレジョファンサイトより http://www.traderjoestsuu.com/2018/04/blog-post_25.html

別の例なら、最近アメリカのオーガニックスーパーでよく見かけるこれはどうか。粒々に刻んだ人参を「コメ」にして、葉物野菜とか海苔で巻いた「sushi」が普及している。あなたに取って、これは「スシ」と呼べるものだろうか?

トレーダー=貿易商人たるジョーの仕事は、アメリカの主流社会に「日本文化」を普及したが、それと同時に、誤った文化理解を広げるという側面もある。さらに、より具体的な立場から考えてみれば、例えば日系一世・二世らが経営する競合店の立場からすれば、販売の機会を奪われることにもなるのである。

別の民族的マイノリティの文化からとりあげると、トレーダージョーズには、キムチや韓国海苔タコシェルにエンチェラーダなども豊富なラインナップで販売されているのだが、トレーダージョーズ流の「韓国文化」や「メキシコ文化」も、当地の文化をよく知る者からすれば、「本物(オーセンティックauthentic)」でない「紛いもの」なのかもしれない。「本物」の商品を売るものからすれば、トレーダージョーズ製品は、文化を都合よく商材として使った、「文化の盗用」だったりする訳である。

「文化」の概念を軸に研究する学問分野カルチュラル・スタディーズでは、このようにある文化を別の社会文脈に置き換える行為を「文化のアプロプリエーション(appropriation)」と呼ぶ。この日本語訳には「流用/盗用」と二つの訳がなされている*1。強者が弱者の側から奪うという力関係がある場合に「盗用」と呼び、次項で見るように、中立的だったりよりポジティヴに見れば「流用」と呼ばれることが多い。


文化の「流用」と「ハイブリッド」

筆者も最近は日本に住んでいるので”トレジョ”に行く機会もとんと減ったが、ある新製品の存在をネットで発見した。その名もUbe Mochi Pancake Mixであるが、普通は「パンケーキ=ホットケーキ・ミックス」の部分以外なんのことか全くわからないと思う。

mochi(モチ)とは何か。

大雑把に言えば、mochiとは、餅米で作った餅のことではなく、和菓子で使われるモチモチした牛皮のことを指す。他方で、普及した経緯からであろう、最近のアメリカで”mochi”というと、ロッテの「雪見だいふく」の同等品を指す。これはトレーダージョーズブランドが普及させたと言われている。一般的なアメリカのアイスより甘くない(ので好きだ)。抹茶味があったり、日本文化的なイメージが強調されていたりもする。

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Trader Joe's公式サイトより

Ube Mochiの”ube”とは何か。

そして、ube mochiとはなんだろうか。これは筆者も初めて知った。山口県宇部市のなにかだろう、周辺の酒造が造る日本酒「獺祭」が全米でブームなので日本酒味か?と推察していたが、全然違った。「ウベ」(と発音するようだ)は紫ヤムイモのことで、フィリピンのお菓子でよく使われるものだそうだ。一時期コンビニのミニストップでハロハロといったパフェアイスが売られていたがあれもフィリピン由来で、この「ウベ」のアイスを使うのが一般的だそうだ。

と、なるとここでようやくわかった。ube icecreamからube mochiという連想である*2。つまり、「紫いもアイスクリーム」味のホットケーキということである。いうなれば、ティラミス味のチョコパイ(うまいよね)のようなものである。

謎の新製品の正体はこうしてわかった訳だが、トレーダージョーズは「外部」の文化を紹介=流用するだけでなく、混ぜ合わせて発明が起こる場にもなっているということだ。東洋風の現代の貿易商は、多彩な文化を「流用」してハイブリッド(混淆、hybrid)することで、新たな「文化」を生み出しているのだ。

「モチの歴史」にみる文化のアプロプリエーション

「モチの歴史」、掘り下げると実はもっと面白い。アメリカの報道などでは、日系人のフランセス・ハシモトが作った Mikawayaという会社が、モチアイスの「公式」な発案者ということになっているのだが*3、前後関係だけでみれば、Mikawayaでの発売は1993年であり、ロッテ社が「雪見だいふく」を発売した1981年からは大分遅れを取っている。ハシモトは、1943年に第二次大戦中のアリゾナ強制収容所キャンプで生まれ、ロサンゼルスのリトルトーキョー全盛期に活躍した人物である。「モチ(アイス)mochi (ice cream)」は、カリフォルニア、ハワイと日系人コミュニティに広がったのち、トレーダージョーズを通じて全国へと知られる「アメリカ文化」へと昇格されたようであるが、この経緯は、ハシモトらが、自身のルーツである日系人イメージを戦略的に用いてアメリカ社会にmochiを文化として普及させたと見れば「流用」であるが、他方で、ロッテ社や、日本国内で「雪見だいふくを発明したのは自分たちの文化だ」と思っている人たちにとっては、ハシモトに「盗用」されたということになるのである。

このように、文化が「盗用か流用か」は一概に判断できないもので、その力関係に注目しながらケースバイケースで考察をすべきである。トレーダージョーズの「アプロプリエーション」は、こうした点で一考に値するだろう。

 

*1:「奪取」「奪用」などもあり訳出には工夫がなされてきたが、それがかえって日本でのこの概念の普及を妨げたと見ることもできる。英語圏でappropriationの語は、文化・芸術関連の一般記事でも普通に使われる用語となっている。

*2:ubeじゃないmochi mixも既発。こちらは「柔いモチの口当たりのある、ハワイにインスパイアされたケーキ」とある

*3:https://www.latimes.com/local/obituaries/la-xpm-2012-nov-07-la-me-frances-hashimoto-20121107-story.html