ネット時代の「偶像=イコン=アイコン」の物語:『フィールズ・グッド・マンFeels Good Man』(アーサー・ジョーンズ 2020)

 

『フィールズ・グッド・マン Feels Good Man』(監督アーサー・ジョーンズ、2020)を試写で観た。


インターネットミームとして有名な「カエルのぺぺ(Pepe The Frog)」についてのドキュメンタリー。SNSで流れてくる画像として時々目にするこのキャラクターは、単なる有名ミームではない。2016年には反差別団体の「名誉毀損防止同盟(Anti-Defamation League, ADL)」が極右オルトライトのシンボルとして認定したいわくつきのものである。

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Matt Furieによるオリジナル版ペペ


「偶像=イコン=アイコン」の物語


しかし本作は、ペペが排外主義や白人至上主義を訴えるオルトライトたちと結びついたことを糾弾するものではない。ミームやその利用者の善し悪しを問うのではなく、人々がアイコンを自由に用いることがいかに強大な力を持つのかを描き出している。つまり、その焦点は、アイコンの「悪用」よりも「流用」にある。


実際、コミック『ボーイズ・クラブ』のキャラクターとしてぺぺを創り出したマット・フューリーは、ぺぺがネット上でかなり有名になるまで「ミーム(模倣)*1」という言葉さえ知らなかったほどだという。あくまで、自分の作品を読んでもらおうと思い、インターネット上の個人サイト「マイスペース」にコミックをアップロードしていただけであって、まさかその中のキャラクターだけが一人歩きするとは思ってもいなかった。しかし作者も知らぬうちに、掲示板サイト4chanでは無数の人々によって改作されたぺぺが流通していく。はじめのうちは、フューリーや友人もぺぺが有名になって嬉しいと素朴に受け止めていたのだが、気がつけばあれよあれよという間に、デマニュース論者たちに利用され、遂には極右思想のアイコンとして全国紙で批判的に報じられるほど悪名高いものになっていく。フューリーは、ペペの差別アイコンとしての認定を取り消すために法廷係争にまで巻き込まれてしまう。


キャラクターを利用して極右排外主義やデマを発信する事が「悪」なのは言うまでもないが、映画を観ていて恐ろしいと感じるのは、さまざまな歯車が合わさった結果、作者には手に負えない状態にまでイメージが暴走することである。その過程について、当事者たちの証言に報道や用例など実際の様子も交えて時系列を追って見せられると*2、人々の欲望がイメージを介してネット上でいかに大きくなっていくのかがまざまざと伝わってくる。


この画像が誰の手によるものかというレベルで言えば、世界中で知られているぺぺのほとんどは、オリジナルの作者による「正しい」ぺぺではない事になるだろう。「ペペ」とは、多くの人には元ネタがわからなくなるまで普及した二次創作物であり、「オリジナルなきコピー」たるシミュラークルである。こう説明すれば既視感を覚える人も多いかもしれない。


しかし、それらが雪だるま状に欲望を吸収し、増幅された悪意となって、社会の分断や政治的イデオロギーに対して影響力をもった。こうした現象はいかにもポスト真実の時代に相応しい。『フィールズ・グッド・マン』は、ネット上でイメージが強い力を持った現代の〈偶像/イコン/アイコン〉をめぐる物語である。

 


ネットコミュニケーションが「偶像/イコン」化する「アイコン」


この〈icon〉という言葉ほど、ぺぺに似合うものはない。〈偶像/イコン/アイコン〉は、英語ではいずれも同じ言葉なのである。


まず、ぺぺがネットで普及したのはまさしく〈アイコン〉画像だったことによる。


ペペは簡単に模倣(=ミーム)できるイラストであり、複製・改変・パロディの便利な素材として機能した。4chanという画像掲示板から広がったように、シンプルなデザインはネット上のコミュニケーションと相性が良いものだった。ネタ的に自己卑下するぺぺのキャラは、反エリート的で「大衆的」な愛すべき存在として人々が自己投影をしやすかったし、その曖昧な表情は、テキストと合わさり発信者が容易に好きなメッセージを代弁させる事ができた。つまり、ペペは「誰でも容易に参加できる」感情の容れ物として、多くの人々を巻き込むことができたのである。

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ペペ進化の樹形図(出典:KnowYourMeme)


そしてぺぺは、このような「技術的」な力だけでなく「魔術的」な力を持つことになった。信仰の対象として、文字通り〈偶像/イコン〉化されていくのである。


ここに政治的な力学が加担する。2016年の大統領選である。ドナルド・トランプは、当初泡沫候補的な扱いをされながら共和党代表選に出馬した。4chanでネタにされ、トランプの髪型をしたぺぺがすぐさま登場した。これが選挙戦術に利用される事になる。トランプ陣営のデジタル選対「ルック・アヘッド・アメリカ」のマット・ブレイナードは、トランプを「現実世界のぺぺ」と位置づけ〈アイコン〉化する。

 

トランプがツイッターを彼の言論の最大の武器として使うことのは、大統領に就任して以降誰もが知るところとなったが、SNSの活用はこの時すでに選挙戦術として創案されたものであった。(4年後の退任を控えた目下、支持者に国会議事堂乱入を焚きつけた件で、遂にツイッターから締め出されたが。)トランプ自身もぺぺをリツイート、現実の演説では「ぺぺ=トランプ」の真似をし、ネット上ではオルトライトらトランプ支持者が湧いた。ミームが現実を先導するハイパーリアルな状況である。


さらに、ここに「神話」が付け加わる。オルトライトたちがネットスラング「ケーク(kek)」を流用して、白人至上主義や反ユダヤ主義の守護神としてぺぺ=トランプを祀り上げる。すなわち、SNSの「祭り」を通じて「神」が創られたのである。

 

kekとは、「(笑)」を意味するネットスラングlol*3の同類で、韓国語のオノマトペに由来する。当初は特にゲーム界隈で使われていたものだ。これが、オルトライト界隈の陰謀論的なメンタリティに支えられた想像力で創造を遂げる*4。彼らは、Kekと英語表記される古代エジプトの神がいることを発見したのである。しかも、グレコ=ロマンの時代にはその神はなんとカエルの化身であった。

 

ケークに関するさまざまなミームと物語が作られ、「神話」として語られるようになる。しかしそれらは一貫性がある物語といった類のものではなく、いくつか設定があるようなもので、むしろそれらを結束するのは「ペペ」というアイコンである。つまり、イメージの運動であるという側面が強い。

 

自由の女神の顔をしたマリアがトランプのイエスを抱き抱え、それらをぺぺたちが見守るこの画像に見られるように、〈アイコン〉画像としてぺぺとトランプは雑多に混成される。この点はカルトがしばしば有する雑食性とも通じるものがあるが、参加者の関わり方に目をやれば、「ネタ」と「メタ」と「ベタ」ーー冗談、アイロニーや風刺とシリアスな政治運動との混成であるように見える。

 

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匿名性が高く、場所を超えて思想をつなぐといったネット上のコミュニケーションはヘイトの運動を醸成した。大統領選という強い政治的イデオロギーが結びつく。そして、信仰的な側面が加わった。こうしてぺぺは、〈アイコン〉から〈イコン/偶像〉へと昇華することになったのである。

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2017年、作者フューリーはオルトライトの偶像と化したペペを作品内で葬った。 

Pepe the Frog is officially dead - The Verge

 


党派的イデオロギー対立ではなく、準備された「装置」とみる


人々が〈アイコン〉に欲望を乗せ、ネットのコミュニケーションがその力を肥大化する。ぺぺを「人々の欲動の現われであり駆動装置」と捉えてみれば、この現象を政治イデオロギーだけに着目するのでは、いかに問題の本質を捉え損ねてしまうことかと思わされる。


現代のアメリカ社会を理解するために、人種、ジェンダー、経済格差、社会問題などを「分断」や「敵/味方」のロジックで語る事は常套句と化している。「右/左」ではなく「1%/99%」だ、「リベラル/保守」ではなく「ルーラル/グローバル」だ…など、理解するための様々な対立軸が盛んに叫ばれてきた。ここに、フィルターバブルによって価値観が孤立して強化されるのだ、などと尤もらしく説明が加わることもある。しかし、こうした言葉で理解した気になるのではなく、むしろそれを出発点として、内部の複雑さや「対立」形成のプロセスを考察することが肝要である。

 

イデオロギー対立の構図で理解しがちな「党派」の内実には、ジョークや笑いやコミュニケーションを介して雪だるま式に巻き込まれている人々がいる。その装置を逆手にとって利用する人々や組織が「仕組み」を準備する。映画内でフューリーから訴えられていたアレックス・ジョーンズ(Alex Jones)のインフォウォーズ(InfoWars)や、スティーヴン・バノン(Steven Bannon)のブライトバートBreitbart News)は、よく知られた例である。彼らはぺぺをハイジャックし、オルトライトに都合の良い「装置」を設えることに成功したのである。


ところでオルトライトとは「オルタナ右翼」などとも訳されるが、旧派の右翼に対して「それとは別の(=オルタナティヴな)」右翼である、というのが彼らの自認である。いっぽう旧右派の代表には、キリスト教福音派がいる。彼らは原理主義的に聖書を解釈し、その記述に基づいて現実の社会を設計しようと考える。政治争点としては、特に女性が堕胎する権利に強く反対する。福音派アメリカの四割程度を占めると言われ、選挙では保守派の票田として政治的に強い影響力を持ち、とりわけ1980年代以降では「政治右派」と「宗教右派」が大きく重なりあうこととなった。

 

これら福音派のような旧右派に対しても、「装置」を与えるさまざまな活動が存在する。このように考えると、新旧右派の歴史的な連続や断続も理解しやすい。有名な機関にケン・ハム(Ken Ham)によるアンサーズ・イン・ジェネシス(Answers in Genesis)がある。ケンタッキー州に本拠を構えるこの組織に関しては、筆者も調査を続けてきた( 過去に発表した論文。 同論文を元にした報道は「進化否定 米の博物館」『読売新聞』2015年6月11日に掲載)。彼らはノアの方舟テーマパークや天地創造神話を教育する博物館を運営しているが、ここにおいては、「ミュージアム」や「テーマパーク」が装置なのである。

 

そして今回2020年の大統領選挙を通じて有名になったオルトライトの団体では、討論会でトランプが「待機せよ(Stand back and stand by)」と口にして話題になったプラウド・ボーイズがいる。死者を出したシャーロッツビルのデモの人種衝突への関与も疑われFBIからも差別主義や暴力行為で危険団体に認定されている団体だが、代表へのインタビューでは、屁理屈と取れる無理のある論理でも周到に「過激派や白人至上主義者ではない」と主張したり、代表としてその責任を認めるかどうかを熟慮して答える、ある種の理知的な語り口が見られる。その一方で、掲示板サイトなどのメンバーたちの会話を読めば、冗談を飛ばしながらごく普通のコミュニケーションをしている、団体のカジュアルな顔も見られる。これには、ペペ現象同様に、リーダーたちの二枚舌や内部構成員の関わり方の実態を知る必要を感じる。「装置」の点からプラウド・ボーイズを見るなら、黒地に黄色ロゴのフレッド・ペリーのポロシャツをユニフォームにしたことも興味深い*5


ここで挙げた組織たちは、保守派という大きな「客層」を見越して活動をしており、有り体に言うなら「金になるから商売として」やっている部分も大きいと見られている。イデオロギーだけが駆動原理ではない。思想は「目的というより手段」になっている部分があり、一種の情報産業・娯楽文化産業としてこれらを理解することも必要である。

 

 

映画を鑑賞したのは、折しもトランプ支持者たちが議事堂に乱入したと報じられた直後だった。本作の公開は3月12日から。その頃にはこの話が「古臭い」ものになっていると良いのだけれど、どうもそうなりそうにもない。

 

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*1:リチャード・ドーキンスが『利己的な遺伝子』で唱えた概念。文化の伝播と生成において核となるのは「模倣=ミーム」であると説明した。その後、ネット上で画像利用が一般化する中でスラング化して普及した。

*2:映画はアニメーションもふんだんに活用され観ていて飽きない。この監督インタビューでも、ドキュメンタリーをいかに面白く観てもらうか苦心したと述べられている。https://youtu.be/ino9PEWf4K8 

*3:laughing out loud

*4:陰謀論には、論理の飛躍によって「創造」を行うという特徴がある。この時も、4chanキリ番を踏んだ時のメッセージがトランプだった事を「奇跡」と結びつけるなどの事態が起こった。

*5:同社は関連性を否定、使用をやめてくれとプラウド・ボーイズに依頼した。Fred Perry kills its yellow-tipped black polo shirt, denounces fascist appropriators | Boing Boing