フィラデルフィア映画からインド系テイラー・スイフトは生まれるのか 映画『トラップ』評(M・ナイト・シャマラン、2024年、原題:M. Night Shyamalan Trap )

フィラデルフィア映画からインド系テイラー・スイフトは生まれるのか 映画『トラップ』評(M・ナイト・シャマラン、2024年、原題:Trap, M. Night Shyamalan )

 

(ネタバレますよ)
 これぞシャマラン、という初期の作風に戻ったような作品。主人公の主観と観客のPOVを重ねつつ、主人公が凶悪犯だった明かされる展開でスリラー映画が始まる。人を切り刻むシリアルキラー”ブッチャー”を捉えるためにポップスターのコンサートがFBIのおとり捜査に使われていて、怪しい白人中年男性がどんどん職質されていく。自分=観客だけが真実を知っている、という強迫症的で陰謀論的なところはシャマラン節全開である。
 三部構成のようになっていて次々に展開する。まず、潜伏犯が大規模捜査から逃れることができるのかというスリラー。代わってポップスター(セレブ)が主人公になり逆に犯人と対峙するスリラーのものへ。そして最後は、主人公の同期や心情が過去のトラウマや家族との関係から明かされて逮捕されるパートに移行する。シャマランの芸風のひとつ、そうだったのか!感はほぼ無い。ロジックがめちゃくちゃでいろんな人の行動にツッコミどころは満載で、それがノイズになる人にはとても干渉しにくい作品だろう。自分はシナリオの矛盾は気にならないし、そういうところはネタとして頭の片隅においておけるので演出の方に入り込んでとても楽しめた。

 ブッチャー役のジョシュ・ハーネットの視線が強力で、撮影と編集も視線に重きを置いて効果をあげている。主観カメラが続き、会話の際にはしばしば正面から撮られた顔が大映しになり、ハーネットの恐ろしい目線でゾワッとさせられる。
 このシナリオは、「フラッグシップ作戦」として知られる40年前の実際の事件にインスパイアされているらしい。1985年にNBAの無料チケットが当たったと3000人の逃亡犯に通知したFBIのおとり捜査で、実際にテレビ局にやってきた120名ほどが逮捕されている。*1


 本作は設定の構成要素が現代的であるところは、世相を読んで安っぽく使いがちなシャマランらしい。ポップスター(後述)、ファンコミュニティとソーシャルメディアの影響力(Instagram liveでファンに助けを求める)、Z世代のティーンエイジャーカルチャー(テイラーがやりそうなショーの演出、crispyという流行り言葉)、その一部としてのDad描写(オヤジ世代文化=”dad rock/dad joke”的な描写。親父ギャグや12歳の子供の流行り言葉を使おうとしたり、リズムにノってるダンスがめちゃくちゃダサかったりする)……など普遍的なネタについては娯楽作品として押さえるところを押さえて、守りが硬い。


 シャマランの最近お得意芸akaネポティスムも全開で、ミュージシャンをやっている娘の作詞作曲を全面フィーチャーし、さらにセレブ歌手という主役級のメインキャストに彼女を据える。元々彼女のMV制作の企画から始まったようで、予想通りストーリーテリングには不要なほど長い演奏シーンは退屈である。叔父役で登場するシャマランがカメオというには長すぎる長尺でやたら褒めちぎるのは劇場でも爆笑を誘っていた。この歌手「レディ・レイブン」は最近のいろんな女性ボーカリストの混成に見える。挙げるなら、古くはレディガガ、アリアナ・グランデビヨンセ、ビリー・アイリッシュ、リゾあたり、そしてもちろんテイラー・スイフトである。シャマラン一家はインド系である。こうして並べて見ると、現実のポップスターの彼らそれぞれが「属性」、つまり対応するファンのターゲット層や自身のアイデンティティを語る物語を有していることがわかる。南アジア系のセレブ歌姫がまだ目立って思い浮かばないあたりは、映画でそれを実現しようとしているのだろうか。ちなみにアジア系という括りであれば、H.E.R.とかはフィリピン系とブラックのミックスである。


 フィラデルフィア映画もシャマラン節の一つだが、画面に映る地理から考えると、近年そのダウンタウンど真ん中の開発で揉めている*276ersスタジアムをイメージしたであろう会場が想定されているようで、建築デザインはバスケットボールの76ersやホッケーのFryersなどのホームとして現在使われているWells Fargo Centerのようで、目配り芸も細かい。最初のシークエンスからフィラデルフィアの「9th Street」という道路標識を映したり、最後リムジンの中にいる主人公がFBIに囲まれる場所は、これまた最近再開発が進んでいる旧市街地オールドシティを再現している。(ただし撮影自体はカナダのトロントのようで、実際の建物にはひとつもフィラデルフィアのものは使われていないように見える)
 『シャザム』(とくに「1」)はフィラデルフィア映画を謳ってたがあちらは色々ステレオタイプ的だった。今年はシャマランの超出世作シックスセンス』の25周年で(撮影監督はTak Fujimotoでジョナサン・デミの『フィラデルフィア』と同じ)、新作『トラップ』と同時上映のイベントが開催されたり、フィラデルフィア地方誌The Philadelphia Inquirerでもガンガン取り上げたりされたりしていて、シャマランはさすが年季の入った「フィラデルフィア映画監督」らしい。街のアップデート情報などローカルのフィリーっ子以外に対してはとくにネタにならないにも関わらずしつこくフィラデルフィア設定で映画を作っていて、元フィラデルフィア在住の筆者のようなローカル感覚を抱くものにとっては”やってくれるなあ”と感じて嬉しくなる。
 最近の他のシャマラン作品なら、Apple TV+配信のせいか日本では誰も話題にしない(わりと普通の意味で)名作の『サーヴァント』は、フィラデルフィアロケっぽくて、ちょっとめかしすぎているもののもっとリアリティがある。まあちょっと”嫌なやつ”的な評判で業界で旗色が悪いことが多いシャマランなので(今回も駄作とボコボコにたたかれてる)、「フィラデルフィアご当地もの」枠はキープして他の監督には渡さないぞ!くらいの気持ちもあるのかもしれない(郷土愛もあると信じたい)。

 

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*1:https://www.bbc.co.uk/news/articles/cnd0p192kn2o

*2:ジェファソン病院の近くでただでさえ狭い道路で緊急の患者の搬送が懸念されているのでスタジアムの観客が押し寄せるのは怖い https://www.phillyvoice.com/sixers-arena-jefferson-hospital-traffic-emergency-trauma-health-care/